カテゴリ:クルーズ( 20 )

地中海の風

すこし前になるが、地中海を一ヶ月にわたって、クルーズで旅行した。

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そのとき書き溜めた旅行記を整理しながらすこしずつアップして行こうと思う。

長くなるかもしれませんが、おつきあいお願い致します。


まずは旅行のはじめ、バルセロナから。。。。。

バルセロナに到着

いつもの事ながら旅の始めには何か問題がある。

今回は、空港で私のスーツケースが出てこない、バルセロナの空港でターンテーブルの前で待っていたが、周りの乗客がすべてのスーツケースをとって行った後に何も残っていなかった。

しばらく待ってみたが、ターンテーブルが止まって自分のスーツケーキが出てこないのだということに初めて気がついた。

こうなると、もう仕方が無い、カスタマーセンターに行ってこの件の処理を行った。
空港側の言うのにはどこか別の飛行場に行っているんだろうという事だった。
いつもの事でなれてしまったが、海外旅行とはこんな物だと思い、あきらめるしか無い。
とにかく、そこから、移動手段を探してバルセロナ市内のホテルへ向かった。
タクシーでホテルへ向かう道すがら思っている以上にコンパクトで整った街だと言う感じがした。

次回へ続く。
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by nobuhaihara | 2015-02-26 11:01 | クルーズ

ナポリ/ポンペイ

ちょっと更新を休んでました。

ちなみにこの地中海クルーズは2009年の夏に行った時の模様を書いています、この後冬に東南アジアからオーストラリアに行ってきました、それもこの後書いて行きます。
乞うご期待!

そういう事で、ナポリです。
前書きましたがこのクルーズでは、前半既にナポリに来て、前回はカプリ島に行ってきました。
そういう事で、今回はすぐ南のポンペイを目指す。

今更ポンペイに着いて書く必要もないだろうから、わたしが見て感動した事を。

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これは穴の中に薪かなにかを入れて上に鍋等を乗せて食べ物を暖めるコンロでしょうね。
2000年前にこれがあって、さらにここが通りに面したお店で食事を販売していたと言う事だから驚く。
その頃日本人は何をしてたんだ?



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これは中庭、お金持ちの家だったのだろうが、池が作ってあって、そこに銅製の彫刻が並べてある。



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これは壁にかかれていたフレスコ画、裸の男で、一種のポルノだろうが今とは違う道徳観があったのだろう。
時と場所が変われば様々な道徳観がある訳だ。

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有名な、灰の中から出てきた苦しむ人々、噴火による火山灰の中で亡くなっていった人々、奥に半分体を起こしたまま亡くなっているのが印象的だ。
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by nobuhaihara | 2010-01-08 11:39 | クルーズ

シー・デイ シチリア

この日はナポリへ向かうシー・デイだ。
前も書いたが、シー・デイの日はどこにも寄港せず、ゆっくり出来る日だ。

夕方になって、イタリア本国とシチリア島の間のメッシーナ海峡を通ると聞いて甲板に出てみた。
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これがシチリア側だ、


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これは、後ろ斜めでイタリア半島側


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ルビー・プリンセスは新しい船なので、このように、大型スクリーンがあり、映画を見ることができる。
星空の下の映画もなかなか良い物だ。


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夜はみんなでギャラリーに集まってパーティー。
左からビクター、デービッド、アリソン、私。
皆、今回のクルーズで一緒になったアーティストたち。
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by nobuhaihara | 2009-12-24 15:41 | クルーズ

サントリーニ島

ポスター等でよくあるギリシャの写真はここで取られているらしい。
この中でも一番大きな島をティーラ島と呼ぶが、クルーズ船からはテンダー(小舟)を使いここに降り立った。

とにかく険しい島でこんな所によく人がすみ始めた物だと感心するが、島の東側に緩やかな畑が広がっているが、西側は火山の爆発で飛ばされたらしくものすごい崖だ。
この崖下に船が着くので、ここから上まで一気に登るのだが、人気のロバは凄い行列でとても乗れそうにないので、その向こう側にあるケーブルカーで上を目指す。

ここでは画家のビクター・シュバイコと彼の奥さんと一緒にレンタカーで島を回る事にした。
ビクターはロシア、当時はソビエト連邦から国境を足で越えて最終的にローマまでたどり着いたという強者だ。
バックパッカーなんて生易しい物ではなく、当時は命の危険もあった国境越えだ。

まずは島の南を回った、こちら側はあまり観光地ではないので、逆にいろんな生活が見てとれる。実はこういうところの観光の方が面白い。
未だにロバは生活の手段として利用されている。
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その後、ワイナリーを見つけ、試飲へ、、
なかなかうまいワインを作るのだ。
これは地下の樽のおいてある場所
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とうぜんここで、ワインボトルを手に入れ、ビーチで飲もうという事に、そのためコルクを抜いてもらい紙コップももらう。
そこで車に戻ったらビクターはいきなりコップにワインを満たしてみんなに渡す。
まあ、ドライブ前に飲む訳か、ギリシャならそれも有りかとコップを受け取ると、ビクターはそのまま運転を始めてしまった。
片手にワインの入ったコップ、反対の手でハンドルを握り、その上この車はオートマでは無い、
彼の運転がまたただ者ではない(笑)、彼に取って法律は関係ないのだ。
運動神経が良いようで、運転には問題は無いのだが助手席に乗っているこっちはたまった物ではない。
ヒヤヒヤしながらなんとか北の街イアにたどり着いた。

その街がこれ、
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そしてこれがお気に入りの一枚、一番下にいるのがビクター、前に立っているのが彼の奥さんヴィクトリアだ、

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by nobuhaihara | 2009-12-20 18:05 | クルーズ

ロードス島

ここももちろん、世界遺産。

聖ヨハネ騎士団の本拠地があったところ、ヨハネ騎士団は、イスラム勢力と戦うための騎士修道会として西欧諸国から多額の寄付を受けたため、やがては大変な勢力を持つようになった。
騎士団の中身は各国からやって来た騎士団から構成されていて、言うならばイスラム教国家に対抗する多国籍軍であった。
つまりまあ、中東の戦争はこの時から1000年ほど続いている訳だ。

ロードス騎士団は1309年から1522年までこの島で東地中海をイスラムの手から守ってきたが、この1522年に島を明け渡す事となった。

約200年の間に作られた城や城壁などが残っているが、城に関してはカトリック教会が後にかなりの修復をくわえているようだ

船は島の入り口につけてくれたので、歩いて回ることができる。
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2つの城壁の間、日本では堀になっている部分、ここも昔は水が引いてあったのか?
とにかくものすごい城壁が街をかこっている。
前にある、丸い石は弾丸だと思う。
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街中はこんな感じ、500年前の街並が残っている。

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これがお土産通りだが、これも500年前の町並み
最高の気候だし、海もきれいだし良いのは地中海気候という事で、乾燥しているので暑くてもさわやかな事と、海の砂がベージュできれいなこと。
たまに日本に帰ると残念なことに
夏でも砂浜が灰色でどんよりしている。どうしてこっちの砂はこんなに鮮やかな色なのだろう?
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by nobuhaihara | 2009-12-19 17:08 | クルーズ

クサダシ/エフェソス

ここも今回2度目の寄港地だ。

前回はエフェソスにいったので、今回は港町の散策。


まずは、船のアートディレクターと一緒に「トルコ風呂」へ
年配の人は知っているだろうけど日本では「トルコ風呂」と言うと、女性のマッサージを受けれる良くないイメージだったが、実際はトルコにあるスチームサウナの事だ。
それで、女性ではなく厳つい胸毛のあるおじさんがマッサージしてくれる。
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その後みんなでトルコ料理のランチ。
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その後船に帰って、夜遅くにルビープリンセスの日本食コーナーで刺身を食べている外人たちです(笑)
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by nobuhaihara | 2009-12-17 19:47 | クルーズ

ミコノス 2回め

d0151267_1224244.jpg今回のクルーズでは2回めのミコノスである。

今回は2つのクルーズに続けて乗っているので、ミコノスが2度目になった。
つい10日ほど前に来たばかりなので、特に見なければいけない物も無く、ゆっくりと散策を楽しむ。
とにかく海がきれいで、そのまま飲めるのではないかというくらい透き通っている。



ランチに船で友人になったグラムとベネッサと食事をする事にした。
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この港はとにかくこじんまりとかわいくいろいろな物が小さく出来ている。
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ホテルもこんな感じd0151267_12301189.jpg
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by nobuhaihara | 2009-12-16 12:31 | クルーズ

Olympia オリンピア

今日も世界遺産の地オリンピアである。
地中海は世界遺産だらけという事も出来る(笑)

せっかく国際免許を持っているのだからと、今日はギリシャでレンタカーをする事にした。
しかしレンタカー屋に行ってみるとアメリカの運転免許のみ確認して、別に国際免許の提示は必要ない。
ま、英語で書かれていれば向こうもわかるので、特には必要がないという事か(笑)


d0151267_15194370.jpgとにかくそれで出発!
到着するとそこにはゼウス像に関する博物館があり、まずそこを訪れる。
この中で驚いたのはここにヘルメス像があった事だ。

ここに本物があったのか!!!
学生の頃さんざんデッサンをした元がここにあった訳だ、北九州でこの石膏像を一生懸命デッサンしていた人たちがいる事は、ギリシャの人は知らないんだろうな〜〜〜

しばし感動、




その後となりのオリンピア遺跡を訪れる
ここで聖火が起こされている訳だ、また競技場が残っている。
2000年以上前の競技場だ。

さらに回りにある神殿跡の大きな石の柱には驚かされた。
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他国でレンタカーするのは本当に楽しい。
ツアーなどと違い、自分で行き先を確認しながら地図とにらめっこで走るから探検気分も味わえる。
子供の頃やった、宝探しゲームと同じだろう。
とにかく全く知らないところを、ヨーロッパなどでは言葉もなかなか通じないながら、いろいろ聞いたりして、地元の人の親切にも触れながら走るのだ。みんな本当に親切に教えてくれる。アメリカ人の友人に聞いたが日本だと英語で聞いたら逃げ出す人も多いらしい。
さらにヨーロッパは風景が楽しい、牧歌的な風景を横目にのんびりと走るのが大好きだ。


最後はお決まりのギリシャ料理を港で食べる、向こうに見えるのが、「ルビープリンセス」今回の客船です。
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by nobuhaihara | 2009-12-15 15:33 | クルーズ

Corfu ケルキラ(コルフ)島

ずいぶん休んでました、どんどん書いて行かないと次のクルーズに間に合わないので急いで書きます(笑)

今回は、コルフ(ケルキラ)島のケルキラ旧市街という、世界遺産に登録された街。

ここはギリシャ最初の寄港地、海の美しさとおしゃれな街並がとても気持ちのいい街。
おしゃれなカフェに座って、ちょっとスケッチをと用意してると、斜め前にいたおじさんが自分を描けと指差してる(笑)
ま、それもヨシかなと、スケッチを一枚描いてあげたd0151267_4353752.jpg



その後街を回ってバロック風、ギリシャ正教会の教会を発見。
豪華な内装に驚いた、しかし考えてみればバロック時代に作られた教会であればギリシャ教会でもこういう事はあるか、あるいはイタリア(ベニス)の統治下にあった頃作られたからそうなったのか?
その頃は当然カトリックだったとも言えるし、、?
いろいろ想像はつきないが、詳しい事はまたゆっくりと調べる事にしよう。



d0151267_6495186.jpg街をさらに散策後、立ち寄ったネットカフェで美味しいギリシャ料理の店を聞いたら、あまり観光客のいかないところだが凄く美味しい店があるという事で教えてもらった店がこれ。






食べた料理は、、、ご覧のような物。ただの焼き魚にレモンと塩とオリーブオイル。
これがここで食べると大変美味しい(笑)
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しかし、気持ちのいいところで、老後はここも悪くないな〜〜〜(笑)
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by nobuhaihara | 2009-12-15 06:54 | クルーズ

ドゥブロヴニク


この街はクロアチアの南端の港町である。
ウィキペディアからの上の写真を見てもらえばわかるが、ニックネームは「アドリア海の真珠」、とにかく美しい街であった。

街としては大変古く2000年もの歴史が有るようだ。
NHKの世界遺産でも紹介されたので、知っている人も多いと思う。

美しい街並を見てもらおう。

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さらにこちらが城壁から見た外側の風景、海のきれいさにおどろく。

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そしてこれがクロアチアの少年、レストランのウエイター。
人間まで美しい(笑)

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この街が美しいのには理由がある。
NHKの番組を見た人は知っていると思うが、ここは旧ユーゴの紛争の際攻撃を受けた街なのだ。

中世に築かれたすばらしい城壁のおかげで大きな攻撃を受ける事もなかった街が、悲しい事に、現代兵器「戦闘機」には対応できず、空から爆弾を落とされ、この街のかなりの部分が砲撃を受けた。
その結果として、住民の多くがなくなり、もとの形に修復した結果、街は中世の時代に出来上がったばかりの頃のように、きれいになったのだ。美しさを感謝して良い物かどうか、、、、

「アドリア海の真珠」と言われていた、美しい街が、20世紀にもなって、壊されなければいけなかったとは、人間の愚かさの象徴ではないだろうか?

一体、第2次世界大戦での経験はなんだったのか?
さらには、敗戦国である、戦争の悲惨さを身を以て知っている、日本は外交手段を使ってこれらの戦争を避ける事を訴える事は出来なかったのか?
人類はそろそろ戦争を回避する方法を知るべきだと思う。


そしてこれが子供の姿、、、、、
魚を捕っていたのだが、その方法が、スーパーのプラスチック袋の中に洗面器を入れ中にパンくずを入れ、袋には小さな穴をあけて海に沈めておいたようである、やがて小魚はその穴から入ってパンを食べているところをそのまま引き上げられる訳だ、定置網漁に似たアイディアか(笑)

所変わると、子供の魚釣りにもいろいろ形が有る物だ。
彼の後ろの海の美しさを見て頂きたい。

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by nobuhaihara | 2009-08-31 11:09 | クルーズ